『なつぞら』アニメーション時代考証担当・小田部羊一が語る、あのころの日本の“なつぞら” | ニコニコニュース



 広瀬すず草刈正雄ら豪華キャストで好評を博し、終了したNHK朝の連続テレビ小説なつぞら』(2019年)。本邦アニメーション史をひもとく貴重なセミドキュメンタリードラマの一面もあった。

 この番組で“アニメーション時代考証”を担当している小田部羊一は、広瀬演じる主人公・奥原(坂場)なつを描くうえでヒントとなった、東映動画出身のアニメーター/銅版画家・奥山玲子さんの夫君。ご自身も名作『アルプスの少女ハイジ』(’74年)のキャラクターデザインや、世界的ヒットを記録したファミコンゲームスーパーマリオブラザーズシリーズ(’85年~)などのデザインや監修等も手がける、我が国屈指のクリエイターのおひとり。そんな重鎮・小田部さんに、『なつぞら』大ヒット放送終了を記念して、約60年前の当時を振り返っていただいた。

――小田部さんが『なつぞら』のアニメーション時代考証を担当されるに至った経緯をお聞かせください。

 東映アニメーションの清水慎治常務(2019年9月現在)からお話をいただきました。NHKから「あの時代で描きたい」というお話があった時点で清水さんの中では「女性が主役だったら奥山玲子さんしかない」という想いがあり、彼女の夫である僕を指名されたのだと思います。

 僕は最初、NHKの方に「分からない部分はなるべく知っている人を取材すればいいんじゃないですか?」と、ご提案しました。例えば声を入れるアフレコ作業には僕は立ち会っていません。その場合は僕と同期の監督をご紹介して、その人からどういう場所でやった、誰がいた、どういうマイクがあったとかそんなことまでちゃんと取材してもらいました。だから、ドラマ全体もそんなに間違いはないと思います。

あの時代をきちんと描こうとしているスタッフの姿勢に敬服

――ご自身と仲間たちの青春時代朝ドラになったことに対するご気分は?

 今でもアニメーターというのは、汚い、貧しいとかいう話しか話題に上らないのに、こうやってドラマになったことを考えると「そういう時代になったんだなぁ」と。とても感慨深いです。スタッフの方があの時代を描こうとして、きちんとつかまえようとしてくれている姿勢が嬉しいですね。

「あの人とだけは結婚しないように」と言われ……

――奥山さんとのなれそめをお聞かせください。

 彼女は1年先輩でした。その関係ぐらいで、実際に僕の好きになるタイプではなかったんです(苦笑)。奥山はなんでもはっきり行動する人でした。僕らの同期とか周りの人たちも、まさか僕と彼女がそういうことになるなんて思っていない。誰もがびっくりして。僕の班長さんから「あの人だけはやめておきなさい」と言われたり(笑)

  当時、忙しかったけれども遊ぶことも一生懸命やりました。みんなで海水浴や山登りに行くとか。社交ダンスを習っている方がいて、ステップなんかも知っており「やらないか?」という話になったらみんな集まって。夕方になると会議室のテーブルや椅子を片付けて広間にして。ステップを図にしたものを印刷して配ってね。みんな若いですから、流行りました。5時で仕事が終わるとすぐやって、また残業に戻るとか。そんなことが流行ったときが直接のきっかけで。全然意識下にない人と、ついそういうことになっちゃったんです(笑)。でも、よくよく考えると奥山の掌に乗っていたのかな? という気はします(笑)

――実際の奥山さんはどんな方でしたか? 

 僕は作品に参加できるだけで嬉しかったんですが、奥山は「自分のアイディアをなぜ全部採り入れてくれないの?」みたいなところがありました(笑)。いや本当に、宮さん(宮崎駿)と同じぐらいにハッキリとものを言う人だったので。

『太陽の王子 ホルスの大冒険』(’68年)のとき、みんなに意見を募るんです。あらすじが出来ると「登場キャラクターは?」ということになり、大勢から集まったものを検討して、それぞれの良い部分を合わせて完成させる。普通はひとりの人間が考えたことで決まります。そうではなく、みんなから出たものからまた膨らんでいくことがあるんです。でも奥山は、自分のアイディアが丸ごと採用されなかったことを結構不満に思っていましたね(苦笑)。それだけ情熱的だったということですが。

 ちなみに、ホルスのキャラクター森康二さんが描くと、ちょっと優しさみたいなものが出ている。やっぱり人によって、設計図があっても個性が出るものです。ヒルダ森康二さんが創ったキャラクターです。高畑勲監督の強いご指名でした。

今一番輝いている広瀬さんが演じる安心感
――そういう意味では広瀬すずさんはぴったりだったのでは?

 ぴったりというより、今一番輝いている方だと思うので、「ああ、この人が演じてくれている」という安心感がありますね。他の登場人物も大体人物像としては合っているんですけど、外見はほとんど違います。でもキャラクターは生きています。役者さんがきちんと演じてくださっていますから。

創造とは「命を吹き込む」こと

――小田部さんは、ファミコンゲームの『スーパーマリオブラザーズ』のキャラクターデザインや『ポケットモンスターシリーズアニメーション監修も手がけられていましたが、東映動画時代のご経験が活かされている部分はありますか?

 やっぱりアニメーションというのはキャラクターに命を吹き込むということですから、ゲームであろうがなんだろうが、生きて見える、生き生きとしたものを描く……そういう作業は、確実にゲームの世界にも活かされていると思います。生きているように描く。一面的じゃない、ちゃんと気持ちが入った表情を描かないといけないし、きちんとキャラクターを掴まえないといけない。東映動画以来ずっとそうしてきたアニメーションの経験が役立っています。

――最後に『なつぞら』をご覧になった視聴者のみなさんにメッセージをお願いします。

 今はもう誰もがアニメーションを観ていますよね? 当たり前のように観ている。僕は最初にアニメーションを観たとき、映像の中の世界がちゃんと命を持っているのを感じたことでアニメーターになったんですけど。そういう風に、当たり前のように見えているものに命を吹き込もうとして、がんばっている人々がいる。ということを、アニメをよく知らない方にも分かってもらえたら嬉しいですね。

小田部羊一(こたべ・よういち
1936年台湾台北市生まれ。東京藝術大学美術学部日本画科卒業後、’59年に東映動画株式会社へ入社。長編『太陽の王子 ホルスの大冒険』などで原画を担当。『空飛ぶゆうれい船』(’69年)で初の作画監督を務める。’71年高畑勲宮崎駿とともに東映動画を辞し、『アルプスの少女ハイジ』(’74年)、『母をたずねて三千里』(’76年)でキャラクターデザインを手がける。『風の谷のナウシカ』(’84年)では原画で参加。’85年、任天堂株式会社に入社。『スーパーマリオブラザーズ』などのキャラクタービジュアルデザインを担当。現在、日本アニメーション文化財団理事ほか多数の役職を務めつつ講演や後進の指導、展覧会等精力的に活躍中。著書に『小田部羊一アニメーション画集』(アニドウ・フィルム/2008年)がある。

(岩佐 陽一)

小田部洋一さん。8月4日(日)のユジク阿佐ヶ谷でのトークイベントの後、取材を受けて下さった。©文藝春秋


(出典 news.nicovideo.jp)